2008年12月20日土曜日

中原中也、山口市吉敷川、一つのメルヘン

最近いろいろあってブログを書く気持ちに全然なれず、随分、間が空いた。今回は、私の好きな詩人中原中也にまつわる思い出話、、、、、チョッピリ長いですぞ。



学生時代山口市に2年間住んだ。この大学の工学部在籍者は教養期間の1年間は山口市、その後の専門過程は宇部市で3年間すごすのだが、私sokuzanは留年し山口に2年間いた、はは(笑)。ひどい不良学生(いまも十分不良だが)で最初の一年間は殆ど大学に行かず、アルバイトと単車ばっかりの自堕落な毎日。下宿場所は湯田温泉街のど真ん中、大学近くの利便性より観光地、飲み屋街の妖しさを選んだ結果だが、この下宿がまたすごかった。築50年以上、元娼館だったとのことで、6畳~10畳の間仕切りになった部屋が20余りあっただろうか。老朽化した建物はここかしこと歪み、冬場の隙間風が冷たかったなぁ。でも一ヶ月の下宿代がたしか5000円ポッキリ、共同の風呂にもはいれて、手で回すタイプの(!)の脱水機付きの洗濯機もあった、まぁ当時としても激安。それと広い中庭があり、花や木々がおりなす季節感がなかなか豊かで、結構長い時間をすごす(本を読む)お気に入りの場所だった。あ、そうそう2階のトイレもすごかった、なにせ落下物は1階へダイレクトのポットン便所(このあたり下ねたでゴメンm(__)m)つまりいたした後に、一拍おいて落下音、、、あ、もうこの話は中断しよ。

なかなか本題に入らずですね、sorry.実は、あとから知ることとなったのだが、この下宿屋のすぐそばに中也の生家(中原医院という病院)があったらしい。ちなみに現在は中原中也記念館もこの辺りに建設されたとのこと。(そくざんはまだ訪れたことが無い、いまは確実になくなったであろう下宿の跡も含め、是非一度行きたい。)かくのごとく、たまたま縁あって中也ゆかり土地に住むことになった。


そうはいっても、はじめから中也に興味があったわけではなく。二人の人物との出会いが影響している。ひとりは学生下宿にいた随分年上のSさんという先輩。だいたい大きな学生下宿には、すっかり学生生活になじみ、破天荒な常ならない生活を送っている人がいるものだが、この方もその典型。よくsさんの部屋(名主みたいに長くいるから、TVとかストーブとか私らが無いものを有していた。結果、いごこちのいい快適な部屋)で、安いお酒で一晩中、いろんなことを語ったもんです。この方の得意が、中也の講義で、とりわけ自分を中也に見立て、長谷川康子と小林秀雄との3角関係を熱っぽくしゃべっていた、、(要は女性に振られたという話、、)


もうひとりは、k美ちゃん、私の初家庭教師先の生徒、当時小学校6年生、背が高くボーイッシュなかわいい女の子だった。自分は大学をサボっているのに人に勉強を教えるのも変な話だが、ヒョンな縁からもっとも私らしくない家庭教師をやることになった。ちなみに本来は女性の先生を希望ということだったのだが、伝言ミスがあり、私に、、、当初こそK美ちゃんにエーという感じでイヤがられていたが、そこは13歳以下60歳以上の女性には抜群にもてる私なので(笑)、そのうちまぁいいやということになった。この家庭教師先が、またメッチャユニークなところで、まずあんまり勉強を教えなくてもよかった(エ?)。勉強をはじめて30分もすると、そこのお母さんが食事ができた誘って中断する図式、すごいときは行って即、「先生今日は鍋なんで食事にしましょ!あー勉強?いいよねk美。」という感じで、まるでお客様モード。土建業を営んでいて、しばしば職人さん達にも食事をふるまうので、娘と家庭教師の時間にあわすことができにくいというのが大きな理由だったのだが、、、貧乏学生でエンゲル係数が70%を超えていた私にとって毎週毎週たのしみだったことを記憶している。

さて、この家の場所は、湯田温泉から西北方向に単車で飛ばして5,6分ぐらいのところ、なにせ小さな町だから小さな市街を抜けると家がまばらな自然豊かな場所になる。家の裏には吉敷川というわりと大きな川が流れている。6月のこの川の蛍は圧巻、山口で「蛍」と言えば、一の坂川が有名なのだが、あんなせこい数ではなく、もーアチコチと感動するぐらいの数。隠れスポットNO1間違いなし、、、よくK美ちゃんと川原におりて(散歩)していたのだが、初めて見たときのはモーびっくり感動。

夏の終わりのある日、夕暮れの中いつものように川原べりにK美ちゃんと行くと、彼女が私に「先生、中也しっとる?」私「あーしっちょるよ、湯田の人ってね、でも詩をよんだことはない。」k美「中也の一つのメルヘンという詩はこの川のここら辺りの風景なんよ。」 、、、、もう、言うまでもないが、この日から中也の詩を読み出した。

秋の夜は、はるか彼方に、

小石ばかりの、河原があって、

それに陽は、さらさらと

さらさらと射しているのでありました。

陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、

非常な個体の粉末のやうで、

さればこそ、さらさらと

かすかな音も立ててもゐるのでした。

さて、小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

淡い。それでゐてくつきりとした

影を落としているのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

今迄流れてもゐなかつた川床に、水は

さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました・・・・・・

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

そくざんさん、

数年前に中原中也ゆかりの旅館に宿泊したことがあります。かなりの老舗でした。
近場なので、行きやすいですよね。湯田温泉は…

帰りにいつものパン屋(ザビエル教会の近く)でパンを大量に買ってしまうのが習慣になっています。

そくざん さんのコメント...

51san 積極的にいろいろなところにいっていますねぇ、さすが

あの教会一度焼失したんですよね、私は前の教会にしか行っていません。
当時近くに有名なカレー屋がありました、、

匿名 さんのコメント...

そくざんさん!ぶち久しぶり。
ブログがあるって年賀状に
書いてあったから早速拝見!

昨年10月に所用で湯田温泉に
行って来たんよ。
嬉しいことに自分の下宿がまだあって
近くの中原中也記念館に行ってきました。
中也の生い立ち映画を上映されていて
何だか感動しましたよ。
ザビエル教会や瑠璃光寺にも
立ち寄りました。

後日、夫が仕事で山口に行った時に
定食屋の「万両」がまだあったと
喜んで帰ってきました。
私的にはみち潮で貝汁食べることが出きて
幸せやったなぁ。

30年ぶりに湯田温泉に泊まって
本当に楽しいひと時を過ごしました。

そくざん さんのコメント...

shigeさん ナントナント!超ひさしぶり、ごぶさたじゃねぇ、、訪問ありがとう。

山口を思い出すねぇ、私は行こう行こうと思いつつ、なかなか訪れられずにいる。

万両か、懐かしい。私的には、「花やぎ」の思いいれ深し、あの店まだやっているんかねぇ。

P.S みち潮って厚狭のね、うんうん判る判る。