すこし時間が空いた、このブログ時間軸はめちゃくちゃ、1年も前のことを昨日のごとく書いたり、、そこは数少ない読者の方には容赦してもらおう^^;
さて、また墓の話である、7/12日暮里駅南口を出て谷中霊園へ、狙いはそのまま寛永寺近くまで歩いて徳川慶喜の墓所にいくこと。まず天王寺をスタートし、桜並木をぷらぷら(もちろん花は無く葉っぱ状態)、オォーなんかいろいろ有名人の墓がある、高橋お伝、オッペケペーの川上音二郎(墓ではなく銅像の台座、銅像は戦争中に軍に接収されたらしい)、上田敏、横山大観、etcそして徳川慶喜、慶喜は徳川将軍の中では唯一徳川霊廟に葬られていない。つまり正確には将軍菩提寺である寛永寺の中に墓所はない。まぁご当人は評価の分かれる人物だが、私は大嫌い、部下を捨て大儀を捨て、自分の延命のためだけに汲々としたイメージが拭えない。薩摩生まれ長州育ちにの私にとってチョット微妙な発言だが、滅び行くものの美学というべきものを、幕末では示してほしかった。その点会津藩は立派だと思う。
午後は、本日のメインである巣鴨の本妙寺へ歴代の本因坊家の墓がある、4世の道策から21世の秀哉名人までモチロン秀策大先生の墓もある。これで先に紹介した因島とあわせ両墓拝観完了。この寺には、他に遠山の金さんこと遠山金四郎景元、将棋棋聖天野宗歩の墓もある。そくざんは将棋も好きなので、けっこうワクワクしたなぁー。あとついでに巣鴨霊園にも二葉亭四迷や高村光太郎・光雲の墓、もう墓ばっかりの一日だった。

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