2008年12月22日月曜日

総合検診、えーうそだろ

会社の総合検診、血圧、腹位、体重はこんなもんか、若干メタボ気になるが、まだ危険域ではない。血液検査結果はまだこの先だしね。ところが、とんでもない伏兵がいた、、、視力。
私そくざんは眼だけはズーットいい、視力は常にmax(最近は1.5までしか計らないが、以前2.0まで計測していた際は2.0)、近視力もいいし、眼病の類も罹ったことなし。
ところが右1.0、左0.4、今年から突然である、実はこんなはず無いとごねて3回も計った。ウーン紛れも無い事実だ、そういえば今まで見えてた看板が二重になる等々、思い当たるふしもあった。左右のバランスが悪いので矯正したほうがイイヨよ保健師さんに言われてしまった。

この歳になって眼鏡デビューか、あり得んが現実、困った(ー_ー)!!

2008年12月20日土曜日

中原中也、山口市吉敷川、一つのメルヘン

最近いろいろあってブログを書く気持ちに全然なれず、随分、間が空いた。今回は、私の好きな詩人中原中也にまつわる思い出話、、、、、チョッピリ長いですぞ。



学生時代山口市に2年間住んだ。この大学の工学部在籍者は教養期間の1年間は山口市、その後の専門過程は宇部市で3年間すごすのだが、私sokuzanは留年し山口に2年間いた、はは(笑)。ひどい不良学生(いまも十分不良だが)で最初の一年間は殆ど大学に行かず、アルバイトと単車ばっかりの自堕落な毎日。下宿場所は湯田温泉街のど真ん中、大学近くの利便性より観光地、飲み屋街の妖しさを選んだ結果だが、この下宿がまたすごかった。築50年以上、元娼館だったとのことで、6畳~10畳の間仕切りになった部屋が20余りあっただろうか。老朽化した建物はここかしこと歪み、冬場の隙間風が冷たかったなぁ。でも一ヶ月の下宿代がたしか5000円ポッキリ、共同の風呂にもはいれて、手で回すタイプの(!)の脱水機付きの洗濯機もあった、まぁ当時としても激安。それと広い中庭があり、花や木々がおりなす季節感がなかなか豊かで、結構長い時間をすごす(本を読む)お気に入りの場所だった。あ、そうそう2階のトイレもすごかった、なにせ落下物は1階へダイレクトのポットン便所(このあたり下ねたでゴメンm(__)m)つまりいたした後に、一拍おいて落下音、、、あ、もうこの話は中断しよ。

なかなか本題に入らずですね、sorry.実は、あとから知ることとなったのだが、この下宿屋のすぐそばに中也の生家(中原医院という病院)があったらしい。ちなみに現在は中原中也記念館もこの辺りに建設されたとのこと。(そくざんはまだ訪れたことが無い、いまは確実になくなったであろう下宿の跡も含め、是非一度行きたい。)かくのごとく、たまたま縁あって中也ゆかり土地に住むことになった。


そうはいっても、はじめから中也に興味があったわけではなく。二人の人物との出会いが影響している。ひとりは学生下宿にいた随分年上のSさんという先輩。だいたい大きな学生下宿には、すっかり学生生活になじみ、破天荒な常ならない生活を送っている人がいるものだが、この方もその典型。よくsさんの部屋(名主みたいに長くいるから、TVとかストーブとか私らが無いものを有していた。結果、いごこちのいい快適な部屋)で、安いお酒で一晩中、いろんなことを語ったもんです。この方の得意が、中也の講義で、とりわけ自分を中也に見立て、長谷川康子と小林秀雄との3角関係を熱っぽくしゃべっていた、、(要は女性に振られたという話、、)


もうひとりは、k美ちゃん、私の初家庭教師先の生徒、当時小学校6年生、背が高くボーイッシュなかわいい女の子だった。自分は大学をサボっているのに人に勉強を教えるのも変な話だが、ヒョンな縁からもっとも私らしくない家庭教師をやることになった。ちなみに本来は女性の先生を希望ということだったのだが、伝言ミスがあり、私に、、、当初こそK美ちゃんにエーという感じでイヤがられていたが、そこは13歳以下60歳以上の女性には抜群にもてる私なので(笑)、そのうちまぁいいやということになった。この家庭教師先が、またメッチャユニークなところで、まずあんまり勉強を教えなくてもよかった(エ?)。勉強をはじめて30分もすると、そこのお母さんが食事ができた誘って中断する図式、すごいときは行って即、「先生今日は鍋なんで食事にしましょ!あー勉強?いいよねk美。」という感じで、まるでお客様モード。土建業を営んでいて、しばしば職人さん達にも食事をふるまうので、娘と家庭教師の時間にあわすことができにくいというのが大きな理由だったのだが、、、貧乏学生でエンゲル係数が70%を超えていた私にとって毎週毎週たのしみだったことを記憶している。

さて、この家の場所は、湯田温泉から西北方向に単車で飛ばして5,6分ぐらいのところ、なにせ小さな町だから小さな市街を抜けると家がまばらな自然豊かな場所になる。家の裏には吉敷川というわりと大きな川が流れている。6月のこの川の蛍は圧巻、山口で「蛍」と言えば、一の坂川が有名なのだが、あんなせこい数ではなく、もーアチコチと感動するぐらいの数。隠れスポットNO1間違いなし、、、よくK美ちゃんと川原におりて(散歩)していたのだが、初めて見たときのはモーびっくり感動。

夏の終わりのある日、夕暮れの中いつものように川原べりにK美ちゃんと行くと、彼女が私に「先生、中也しっとる?」私「あーしっちょるよ、湯田の人ってね、でも詩をよんだことはない。」k美「中也の一つのメルヘンという詩はこの川のここら辺りの風景なんよ。」 、、、、もう、言うまでもないが、この日から中也の詩を読み出した。

秋の夜は、はるか彼方に、

小石ばかりの、河原があって、

それに陽は、さらさらと

さらさらと射しているのでありました。

陽といつても、まるで硅石か何かのやうで、

非常な個体の粉末のやうで、

さればこそ、さらさらと

かすかな音も立ててもゐるのでした。

さて、小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

淡い。それでゐてくつきりとした

影を落としているのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

今迄流れてもゐなかつた川床に、水は

さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました・・・・・・

2008年12月13日土曜日

グランプリファイナル18歳一騎うち!

私の妻はスポーツ超無関心派、なにせ今回夏のオリンピックで日本人のだれがメダリストになったか知らない。またたぶん野球やサッカーのルールも知らないはず(打ったら3塁に走りそう)^^;その彼女もフィギュアスケートだけは別儀で、ルールや選手のことにもなかなか詳しく、TVはかぶりつき。というわけで私そくざんも影響受けて、すっかり真央ちゃんファン。

さて周知のとおりショートプログラムが終わり、ジャンプで失敗したキム・ヨナ選手の方が、わずかではあるが上になった。このことを批判しているジャーナリストもいるが、演技・構成点いわゆる表現力の観点からいうと、必ずしもそうではないらしい。今季というか今の採点システムになってから、over30点を出しているのはキム・ヨナ選手だけらしい。昨年は真央ちゃんともども同じくらいの27点-29点くらいだったことをことを思うと、スッゲー伸びているわけだ。またこの演技・構成は、選曲・振り付けがものすごく重要。昨日の「死の舞踏」と黒いコスチュームがメチャクチャはまったということが結論だそうだ(妻意見)。ただしフリーは、ズバリ真央ちゃん有利、トリプルアクセルを2度決めると。これは5点差以上で圧勝シナリオ、、フリーの選曲「仮面舞踏会」のほうがいい感じだし大丈夫でしょう。二人とも195点をこえるようだと、史上最高の対決ということになる。19:00からの放送タノシミじゃね、応援しよーぜ。

2008年12月9日火曜日

ジョン・レノンと真珠湾

また1日遅れ^^;
12/8 ジョンレノンの命日そして太平洋戦争開戦の日。

前者、1980年のことだからもう28年か、まだ私そくざんも昨日のことのように覚えている。ショックでしたね。昨日追悼イベント「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライブ」なる催しが、日本武道館で行われたみたいね。篤姫ですっかりファンになった宮崎あおいさんがimagineを朗読したそうな、聞きたっかたねこれは、、オノヨーコさんのサングラスはいけません、もう違うでしょそれ。

後者は1941真珠湾攻撃、奇襲とよくいわれるがこの言葉は使いたくない。当時の外務省のサボタージュが未だに「日本人を卑怯者」におとしめている。真珠湾は水深が浅く魚雷攻撃に非常に高度な技能を有したとのこと、優秀なパイロットが数多くいたそうだ、、、

2008年12月2日火曜日

にっこりマーク


広島は、ちょっと曇り加減で今日は今一、昨日非常によく見えたのにね。えッ?なんのことか?

南西の空の、月と木星と金星のコラボレーション「にっこりマーク」。正直昨夜は、月の上のよく光っている星はなんじゃろ?と思いつつ,つい、それっきり。今日、大阪在住の友人(女性です!(^^)!)がメールで教えてくれた。あらためて調べると、ネットにも随分載っている有名な天体ショー、みたいだ。「にっこりマーク」と称している記事があったけど、そういえばそうかな。
写真は産経ニュースから引用(星を写すのはムズじゃね。下が金星(マイナス4等)、上が木星(マイナス2等の明るさ)